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第64回皐月賞について

4月18日、牡馬クラシック三冠の第1戦・皐月賞が中山競馬場で行われ、10番人気のダイワメジャーが道中2番手から直線では逃げるメイショウボーラーを交わして優勝しました。地方競馬所属馬としては史上初のクラシック制覇を目指した1番人気のコスモバルクは直線よく追い込むものの結局2着までで、芝のレースとしては初の敗戦を喫しました。コスモバルクは皐月賞で4着以内に入ったことで、次走の牡馬クラシック第2戦・東京優駿(日本ダービー)で再びクラシック制覇を目指すことになります。

今回のレースでコスモバルクは大きな注目を集めていました。その理由は、地方競馬所属馬としては初のクラシック制覇の可能性が高かったことに加えて、彼が所属する道営競馬での外厩制度の適用第1号だったということが挙げられます。外厩制度とは、民間の育成牧場などを外部の厩舎として利用する制度です。本来は競馬場規定のトレーニングセンターで調教を行うのですが、例えば道営・門別トレセンの調教設備は中央競馬のそれと比べて劣るのが事実です。かといって予算の関係上、設備の拡充は簡単に出来ません。一方で、社台ファームやノースヒルズマネージメントのような大規模な民間企業の場合は、充実した調教設備を備えた育成牧場を抱えています。そこで、これらの施設を利用して強い馬を作ろうとしたのが外厩制度です。

その第1号のコスモバルクはこれまで予想以上の活躍を見せて、外厩制度への関心を高めることに成功しました。同馬は約400万円と中央競馬の競争馬と比べてもかなり安い分類に入り、血統的に見ても流行のものとは言い難いと思います(父親のザグレブは種牡馬成績が不振で母国に帰国しましたが、バルクと同じ世代が突如大活躍しました)。その馬が1億円近い他のエリート達を撃破する姿は昔のハイセイコーやオグリキャップなどと重なる部分もあるかもしれません。

皐月賞では多くの期待を集めながら、惜しくも敗戦したコスモバルクですが、レースの展開上仕方ない側面もあり、最も強い競馬をしたと評価されています。おそらく次走の日本ダービーでも1番人気に支持されるでしょう。特に、バルクがこれまで勝ってきたGIIIのラジオたんぱ杯2歳ステークスとGIIの弥生賞は出世レースして多くのGIホースを生み出しており、これからも期待が出来ると思います(下記表は過去の主な優勝馬とその後勝ったGIレース名です)。

ラジオたんぱ杯2歳S GIII弥生賞 GII
2002年:ザッツザプレンティ(菊花賞)2001年:アグネスタキオン(皐月賞)
2000年:アグネスタキオン(皐月賞)1999年:ナリタトップロード(菊花賞)
1998年:アドマイヤベガ(ダービー)1998年:スペシャルウィーク(ダービー)
1996年:メジロブライト(天皇賞・春)1996年:ダンスインザダーク(菊花賞)
1994年:タヤスツヨシ(ダービー)1993年:ウイニングチケット(ダービー)

ただ、上の表だけ見ていると、ラジオたんぱ杯2歳ステークスからは1年ごとにしかGIホースが出ていない点(バルクは2003年の優勝馬)と、過去に両レースを制覇したアグネスタキオンが皐月賞優勝後に故障してダービーに出れずに引退してしまったのが不安と言えば不安かもしれませんが・・・。しかし、これまでも自分で道を切り開いてきたバルクですから、このような不安も一掃するような走りを見せてくれるに違いありません。

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